故郷の変遷いろいろ。

私は、2年半前に育った奈良に、ほぼ30年ぶりに帰ってきた。そのことは、このブログでいろいろと書いているから。で、今日、地元に長く暮らしている中学校の同窓生と飲んだ。顔は、陸との散歩で、時々顔を合わせている。そのうちに、飲みに行くからね、と。その友達とは、中学校の頃は全く親しくはない。半年前に、中学校の同窓生のささやかなお祝いの集まりがあって、その時に、久しぶり、ということになった。

中学校の同窓会も、12年ほど前にあったけど、その時は私は東京に暮らしていて、強引に誘われて同窓会に参加したけど、時間の都合もあって、1時間ほどで会場を去らねばならなかった。だから、中学校の同窓生とは交流を深められなかった。今日、一緒に飲んだ友達とも、そんなに親しくはない。中学を出てからは、それぞれ違う学校に進んでいるし、その友達もどこの学校に進んだのか全く知らない。

そんな程度の、遙か昔の中学校の同窓生だけれど、長く地元に住んでいるから、あいつはどうしている。こいつはどこどこで事故にあって死んでしまった。あの子は、入り婿を迎えてどこそこに住んでいる。でも、そんな話の中で、あいつはどうしている。いや、知らんなあ。そんな話になる。今も元気にしていてくれたらいいのだけど。

ま、とにかく、私たちが通った中学は変な中学だった。中学校って、学区が決まっているでしょ。なのに、電車で通ってくる子がいた。奈良なのに、京都府から通ってくる子がいた。だから、生徒がどんどん増えていた。まったく変な中学校だぜ、奈良市立伏見中学校というのは。まあね、40年前だからね。で、今は、その中学校が、制服がなくなって、私服になっている。ま、いいけどね。親御さんにとっては、反対らしい。個人的に、私は私服の方がかっこいいと思う。でも、親にとっては却ってお金がかかるらしい。なぜかというと、中学校のネーム入りのジャージとか、ユニフォームにお金がかかるらしい。なるほどね。

で、その友達とは、さらに話が進んだ。なんだろう。かつてはそんなに親しくなくったって、同じふるさとで話をするっていうことは、これが故郷ってことなんだろうな。そうか、それがふるさとか。ところで、このふるさとには、かつてあやめ池遊園地ってのがありました。今は、住宅地や、様々な施設に変わろうといます。その話は次に。