君が、生きた日々。

パソコンの中に取り込んだ、古い写真をパラパラと振り返ってみると、かつて住んだ杉並の写真が懐かしい。そんな中で、1枚のこの写真に目が止まった。8年前の写真だ。新しいコンパクトデジカメに買い換えたばかりで、パシャパシャとご近所を撮りまくった中の1枚だ。

門扉の下から、顔を覗かせる1匹の犬。眼の周りだけが黒くって、いつも寝そべっていた。なにか恨めしそうに眼だけをこちらに向ける。ちょうどアパートから善福寺川緑地公園に向かう、通り道の住宅街にその犬はいた。公園に行くたびに、通りがかると気になって、今日はいるかな、と。

時々、玄関の扉の前にいて、おいで、呼びかけると、のそりとカラダを動かして、また門扉の下で寝そべる。そして、いつもの眼の表情をこちらに投げかける。どうして欲しいんだろうと、私は考えるが、その当時は犬の相手の仕方も知らなかった。ビスケットのクズのようなモノが、時々、散らばっていた。ご近所さんが与えた、残りかもしれないと。

そして、ある時から、通りがかっても全く見かけなくなった。どうしたんだろ。なんの面識もない家だから、見ず知らずの私が聞くわけにもいかない。ひょっとして、と。それからしばらくして、玄関脇の犬小屋も消えていた。家人と思われる人が、庭で日向ぼっこをしている。やっぱり、そうだったんだ。

君が生きた日々を思う。その向こうの広い公園を、ご主人とのんびり歩いたかもしてない。見ず知らずの人が、門扉の向こうから声を掛けたかもしてない。そして、愛嬌のある姿を見せてくれた君。この写真があったから、また思い出せた。名前も知らない君を。



テレビ局が作る映画って、所詮は。

私は貝になりたい」という映画が苦戦しているとか。ちょっと前は、踊る大捜査線、相棒、HERO、三丁目など、テレビ局の制作する映画がヒットした。しかし、私はそのどれも映画館で見たことはない。どれも、ま、テレビで放映するのなら見てやろうか、という程度だ。

踊る大捜査線をテレビで見たとき、その演出やストーリーの運び方が、まるでテレビドラマじゃないか、と思ったものだ。で、踊る大捜査線は、続編をいろいろとやっているようだが、わざわざ映画館まで足を運んで、1800円を払ってまで、見る価値はあるのか、と。ちなみに韓国だと600円くらい。アメリカやヨーロッパでも1000円以内と日本より安い。

それだったらNHKの衛星放送でとか、ケーブルテレビでとか、たま〜にいい映画をやっている。その方が、絶対に失敗がない。たとえ失敗でもタダだし、面白くなけりゃテレビを切ればいいだけの話しだ。

テレビ局も、映画を作ることで、その効果によりテレビの視聴率を稼ごうとしているのだろうけど、くだらない番組作りで却って興味を削いでいる感じだ。テレビ局は、しっかりテレビ番組を制作し、映画は映画会社にまかせなさいよ。

映画ならではの面白さっていっぱいあるんだけど、そんな映画をテレビで放映するとき、ズタズタにカットしないでほしい。あっ、あの場面もカットしてある、ここも、で、哀しさを通り越して、テレビ局のばかやろ〜と叫びたくなることしばしば。ま、タダだからしょうがないか。民放テレビを見るときは、DVDに一旦録画して、CM飛ばして見るのが一番ですね。