日田までの自動車道路で。

日田へ

別府を過ぎて、相変わらずも、私が運転するダイハツのムーブは、スピードが80キロちょっとを維持しているだけだ。日出ジャンクションを過ぎて、開けた山間の草原に出た。アクセルを踏み込むが、段々とスピードが落ちる、ゆるやかな上り坂なのだ。バックミラーを見ると、後方から迫る車が次々と大きくなり、傍らを高速でかすめてゆく。メーターを見ると、70キロに近くなっている。こりゃいかん。シフトを5速から、4速に下げて、改めてアクセルを踏み込む。この車には、タコメーターさえ付いていない。ま、軽四ならしょうがないか。それにしても、じわりじわりとしかスピードが上がらない。もどかしい。その間にも、ビュンビュン追い越されていく。いいなあ、ああ、そうだったんだ。かつて乗っていた車を思い出す。

私は、東京時代の5〜6年、逆にこんな道路ならびゅんびゅん追い越せる車に乗っていた。その車は、トヨタの古い方A70系のスープラ、くさび形のフォルムが特徴で、2000ccだが、ターボエンジンを搭載。たとえば、この湯布院にいたる上り坂で、時速70キロだったとする。こんなときは、直ぐさま3速に入れる。エンジンは音を立てて4000回転くらいに上がり、エンジンブレーキも掛かる。そこで、直ぐさま踏み込めばあっという間にターボチャージャーで7000回転まで上がり、100キロは軽く超える。直ぐにシフトを4速に入れ、6000以上まで踏めば、もう150キロは軽く超える。そのまま5速に入れたら、・・・。などと、一瞬思った。かつては、そんなことをしていたんだな。

そのスープラも、40代の半ば以降から、ほとんど乗らなくなった。東京では、自家用車なんて必要がないのだ。おまけに杉並区の環八、井の頭通り、環七などは日々渋滞だらけ。それならということで、長年乗った、というより放ってあったスープラを手放した。それに50代にはスープラは似合わない。2002年には、ニュータイプスープラも製造中止になっている。

そんなわけで、今、この道を走っているのは、妻の軽四だ。高速で、フワフワと軽いが、なにより燃費が良い。リッターで、15〜6キロは行くらしい。スープラなら高速でリッター10に届かない。渋滞だらけの23区内では7キロくらいか。フォルムデザインは好きだったけど、時代に合わない車だから、消えたのだろう。時速80キロで走る、軽も良し。さらに言えることは、ひとりで走っているわけではない。妻を横に乗せているのだ。ひとりで好き勝手に素っ飛ばした時代は終わった。安全確実に、目的地までいければいい。

九州自動車道路は、車が少ない。土曜日だからなのか。トラックは、ほとんどいない。まあまあ快適な走り心地。いよいよ日田まで近い。またまた軽い上り坂。あーあ、踏み込めど、スピードは落ちてきた。5速から4速に戻す。それにしても軽で5速が付いているって、燃費が助かりますね。オートマチックだったら、どうなんだろうね。オートマには、20年以上乗ったことはないが、私は嫌いです。さて、日田の出口に差し掛かかった。ほとんど到着。