早朝、目覚めるも殿は見えず。

殿が帰った

夜中に、何度か目が覚めた。その度に、耳を澄ます。相変わらず、屋外は静かで、猫の殿ちゃんの鳴き声は聞こえず、まだ暗い。そしてまた、浅い眠りにつく。外が明るくなった、6時半過ぎに目が覚めた。そーっと布団を出て、改めて部屋を見回す。いるわけないよね。玄関から、朝の光に満ちた外に出る。左右に3軒目辺りまで様子を見る。気配がない。近所の犬も吠えてはいない。

あきらめて家に戻り床につく。7時過ぎになって妻が目覚めた。あのね、と、話を切り出す。いつも寝起きはぶわーとしている妻も、私の話を聞いて驚いた。完全に、しゃっきりしている。妻は、てきぱきと着替えて、表に出る。私も、起きて表へ出た。やはり、状況は変わらない。殿ちゃんは、いずこに。

大丈夫、帰ってくるから。だから、もう少し寝て。あんまり寝てないんでしょう。妻の説得に応じて、私はベッドに入った。妻の不安げな顔が、辛い。私のミスなんだから、100%私の責任だ。だからって、どうすることもできないが。うつらうつらと眠りに入った。どれほど時間がたったろうか。外から、殿、殿、妻の呼ぶ声が聞こえた。私は、思わず飛び起きた。縁側の廊下に出る。どこへいってたの、と妻の声。カーテンの向こうに妻のシルエットが映る。胸に茶色いかたまりを抱いている。よかった。

妻は、縁側から、殿を入れた。真っ先に乾燥餌、ご飯の器の飛びつく。腹減ってたんだ。食べ終わると、私のそばに来た。涼しい顔で、私を見ている。おい、ごめんなさいのひとこともないのかい。私がそういうと、彼はまたご飯の器に行く。がりがりと音が響く。まったくー、こいつは聞く耳を持っていない。また私の元へ来ては、しばらくしてご飯をがりがりと。それを5度ほど繰り返して、いつもの居場所、籐いすの上で眠り始めた。そりゃーねー、一晩中遊んでたんじゃーねー。妻にその時の話を聞く。庭に出ると、隣の塀に上によく遊びに来る猫がいた。殿、殿、と呼んでみると、塀の向こうから、ふにゃーと声がしたとさ。相手の猫は、妻の姿を見ると逃げて行ったそうな。とにかく、良かった、良かった。

殿が目覚めてから、妻が脚を見ると、爪がかなり磨り減っていると。よっぽど、走り回っていたのね、と。私たちの勝手な都合で、猫の殿は、家から出さないようにしている。彼にとって、それが幸せなのかどうか。彼を見ていると心が和む。触っていると心が落ち着く。時々遊び相手にもなる。人間たちの勝手で、彼を部屋猫にしている。本当は、もっと外で、お友達と遊びたいんじゃないのかな。殿ちゃん、君は幸せかい。毎日が、楽しいかい。言葉や意思が通じたら、彼はなんて答えるだろうか。ともかく、私はタバコを吸いに出るときは、細心の注意を払わねば。妻の悲しい顔を見たくはないから。