妻が旅に出て。

今日の朝、妻が旅支度を始める。といっても前日にいろいろと用意を済ませてあるのだから、余りすることもないのだが。妻が、台所に立つと、直ぐ横に伏せをする。着替えに脱衣所に行くと、直ぐ横の廊下で伏せ。旅行バッグを確認しに行くと、和室に入って妻の動作をじっと見つめている。妻について歩いている。

妻が、今日の朝の散歩はすごくゆっくりゆっくり歩くのよ、という。そうなんですね、陸は妻がしばらく家を空けることが解っているようだ。妻が、りっちゃん、明後日には帰ってくるから、それまでお留守番よろしく。といっても、陸がイマイチ元気がない。

私は妻を、駅まで送り、家へ帰った。陸はさびしそうに私を見る。しばらくして陸は2階に上がった。私たちのベッドで伏せしながら寝ている。いや、起きているのだ。妻の匂いが残るベッドで寂しそうにしている。

妻は大分へ2泊3日の旅なんです。3泊したいと言ったけど、それはちょっとご勘弁をと。妻が作り置きしたカレーと味噌汁が鍋にいっぱいあります。妻が帰るまで食べきれないような予感が。ま、好きだから、いいんですけど。

それにしても家の中は気怠い状態。猫の殿も籐椅子から全然動かないで寝たっきり。夜も状態は同じだった。ま、しばらくの辛抱だよ、殿ちゃんも陸君も。



中学生の頃は、よく先生に殴られた。
もう40数年前になる。小学生の頃は勉強においてほめられることが多かった私も、中学生になると生徒は多い。勉強の科目も新しくなる。それでも授業をしっかり聞いていれば、成績は上位の方に入った。私は、算盤や書道をはじめ、勉強塾などは一切通わなかった。

中学2年くらいになると、教師から私たち生徒に対して旗色が変わる。とにかくよく殴られるのだ。余所見をすれば立たされてバチンとビンタ。数学の問題で解らないと、こんなことも分からないのかと拳骨で頭をゴン。英語、国語、数学の教師から、今で言うならば体罰の嵐。

それが中学校3年のある時期から、ビンタや拳骨がなくなった。高校受験をはっきりと意識した時期だったんだろう。第一志望の高校にも合格したので、中学校時代は良くも悪しくも、私にはいい思い出となっている。

私はなんで殴られたのか。それはおそらく、そんなことは授業を真面目に聞かなくても理解できる、あるいはそれ以上聞いても解らないから授業を聞いてもムダ。がはっきりしていたんだと思う。だから先生に授業を舐めていると、取られたんだろう。高校に入ってから、英語と国語の苦手科目がはっきりした。

今の学校で生徒にビンタなどしようものなら新聞沙汰になる。叱ることができなくなってきた。これでは生徒は増長するだろう。適度なビンタや拳骨はあった方がよい。子供を叱らない親が増えている。親自体が叱っていいこと、叱ってはいけないことが解らなくなっているのではないか。そのしわ寄せが学校に来る。教員の負担となる。

教師というのは現場、生徒への対応力である。もちろん指導力も必要だが。中学においては、いい高校に行くための学力を養うのか。社会人に必要な基礎知識をしっかり身に付けるのか。当然両方が必要だ。今、大学生のレベルの低さが危惧されている。中学卒業時に身に付いているべき教養すらない大学生が多くいる。だから教員免許更新制よりも他に、もっとやることがあるはずだ。